OB・OGの声

1991年度採用 東京都立大学 経済学部卒 男性

私が奨学金について調べ始めたのは、大学1年生の2月頃でした。初めは、当然のように給付型のもので自分が対象になりえるものはないか探していましたが、募集人数が少なかったり、対象学部や卒業後の進路が限定されているものが多く、なかなか見つかりませんでした。そんなとき、貸与型で無利子、しかも卒業後20年間で返済すればいいということで、非常に学生が一歩踏み出す背中を押してくれる財団法人だと思ったのが、関育英奨学会でした。履修を2年生まででほぼ完了させ、3、4年生時は自分の没頭したいことに取り組みたいと思っていた私は、アルバイトに振り向ける時間を減らすことができる毎月の奨学金は本当に助かりました。
大学卒業後、返済を始めるときも自分で返済期間と返済額を決めさせていただけますし、事務局のご担当との親身なやり取りは本当に助かりました。そして、自分の返済額が、次の奨学生を支えているという実感が沸き、社会人として一歩一歩成長し、自立していこうという意識を20代の頃から持たせていただけたことを感謝しています。 また、関育英奨学会の良さは世代を超えた繋がりを持てることです。毎年開催されます交流会*では、若い頃は緊張しながら諸先輩の深い経験に基づくお話を毎回興味深くお聞かせいただくことが出来ました。年月を経て、どんどん後輩も増えましたが、私が現役奨学生だった頃より、遙かに問題意識をしっかり持って、自分の未来のビジョンを持った奨学生達が多く、どうしてこんなに優秀になっちゃったんだろ?と不思議に思っています。関育英奨学会の若者に対する時代を超えた一貫したひとづくりの思いが間違っていなかったことを、大学卒業から30年近くたった今、実感します。 関育英奨学会のひとづくりの精神は、今、ビジネスで若い人たちと組織を動かしてゆく上でも、私に実際の経験として役立っています。

*交流会につきましては、学生に交通費の負担をかけるため、東京近郊在住の方を中心にお声掛けさせていただいております。
新型コロナウイルスの影響で今後は交流会の開催に変更の可能性があります。


1993年度採用 東京学芸大学 教育学部卒 女性

(1)応募したきっかけ 1年生のときには入学時の手続きがあわただしく、奨学金を応募申請する時期が過ぎていました。2年次から募集する関育英奨学会の掲示を見て応募したのがきっかけです。
(2)奨学金の使い方 毎月の三万円は基本的に貯金して帰省するときの交通費、語学留学費用に有意義に使いました。時々、自分へのご褒美として美味しいものを食べたりもしました。
(3)関育英奨学会の特徴 年に1回、交流会*があります。現役の大学生はもちろん、理事長はじめ役員のみなさん、社会人の卒業生も集まります。自己紹介、近況報告、就活相談、時には先輩からの一言では書けないような人生アドバイスなど賑やかなひとときです。 単なる奨学金の貸与と返還という事務的なやりとりだけではない、「奨学生の顔が見える」のがこの関育英奨学会の魅力です。
(4)応募を迷っている学生さんへ おそらく給付型の奨学金と比較すると、貸与型は将来の借金が増えると心配しているのではないでしょうか? 関育英奨学会は貸与型ですが無利子です。毎月三万円を銀行口座からおろして使うのは簡単ですが、毎年少しずつ自分のお財布から出して返還するとなると「ああ、今月は厳しいな」などとお金の大切さが実感できると思います。 私は毎月五千円ずつを返還しながら、「現役の学生さんに有効活用される。社会人として貢献できた。」という実感がありました。 貸与型の奨学金は単なる借金ではなく、「返還する責任」と「社会への貢献」が伴っているのではないでしょうか。 頑張っている学生さんを応援する関育英奨学会なので、ぜひ応募してみてください。交流会で会いましょう!
(5)その他 2-4年生までの3年間の貸与期間ですが、私は4年生のときに大学を休学して留学する予定だったので、休学中の学生への貸与は打ち切りだと思っていました。事務局に相談すると、留学が終わって復学したら改めて貸与をしましょう、という温かい返答がありました。

*交流会につきましては、学生に交通費の負担をかけるため、東京近郊在住の方を中心にお声掛けさせていただいております。
新型コロナウイルスの影響で今後は交流会の開催に変更の可能性があります。


1986年度採用 函館工業高等専門学校卒 男性

関育英奨学会に支えられた高専生活
 私は高専2年次から5年次までの4年間、関育英奨学会から毎月2万円の奨学金を貸与していただきました。その経緯、卒業後、そして今思うことを綴りたいと思います。
中学卒業と同時に実家を離れ寮生活を始めた高専1年生の夏、当時51歳だった父が消化器系の疾患により長期入院しました。せっかく高専に入学したものの家庭への経済的負担(国立なので安いとは言え、授業料に加えて寮費もかかります)が気になり、担任の先生に寮費がかからない地元公立高校への編入の可否について相談したところ、関育英奨学会の奨学金制度への応募を勧めてくださいました。幸いにも奨学生として採用していただき、経済的不安が無くなりました。
その結果、アルバイトに時間を割かれることもなく、勉強と部活動(サッカー)に集中することができました。平日は高専の敷地内(寮、学校、グラウンド)から出ないという閉ざされた生活でしたが、素晴らしい同期、先輩、後輩に恵まれ、非常に充実した毎日でした。
高専卒業後、大学へ編入学し大学院まで進み、その後大学教員となり現在に至っております。大学在学中、学部と修士では日本育英会の第一種奨学生、博士後期課程では幸運なことに日本学術振興会特別研究員(DC1)として採用していただくことができました。
また、大学教員となった後も、自身の研究を進めるために科研費補助金等の公的資金や各種民間財団助成金の援助を受けております(理系の研究分野では、試薬・器具・装置等を買うために「研究費」が必要です)。
 このように、私は関育英奨学会によるご支援により高専での勉強をあきらめることなく継続し、基礎学力(とサッカー部で鍛えた体力)を養うことができました。関育英奨学会のお蔭で、現在の私があると断言できます。また、高専卒業後も多くの制度の支援によって支えられてきました。人生の折り返し点を過ぎ、もちろん自分自身が学ぶことはまだまだありますが、これまで受けた様々なご恩を社会に還元したいと強く思うようになりました。
若い方々へ経済的支援ができれば一番良いのですが、そのような資産は持ち合わせておりません。私ができる恩返しの一つの形として、種々の支援によって身に着けた自分の専門性を活かし大学教員として後進を育てることが自身の能力の社会還元に繋がると考え、日々研究と教育に尽力しております。また、各種研究計画書の外部審査や英文原著論文の編集・審査の依頼などを積極的に引き受け、研究計画や研究成果を公正に評価することで社会のお役に立てるよう心掛けております。
 一見順風満帆な人生を送ってきたかのような文面ですが、決してそうではありません。自分の状況に不安・不満を感じることは、これまで多々ありました。しかし、奨学生の皆さんやこれから奨学生になろうという皆さんへ年長者からの助言として言えることは、自分の力で変えられないこと(例えば、保護者の所得、学校や職場の制度など)に対しては、悩み続けない方が良いということです。自力で変えられないことで悩むのは、時間の無駄です。
一方、自力で変えられることや改善できることには、エネルギーを注ぎましょう。つまり、世の中が不平等なのは当たり前で、自身の状況を客観的に把握し要所要所で最善を尽くすことが重要です。また、何かに迷ったとき、最終的に判断するのは自分自身ですが、複数の方に相談し意見を伺い様々な考え方を知ること(自分の考えを無理に変える必要はありません)は人生の糧になると思います。
 コロナ禍で困難な日々が続きますが、若い方々にとって、この駄文が参考になれば幸いです。